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2008年6月12日 (木)

物価高騰を楽しむ

近所の回転すし屋の閉店を見て、私は何か安らかさ、さらにあわい思いがこみあげてきます。

私自身、お寿司などは、今でも神聖な食べ物と思っている古い人間なので、子供がトロなど「ばかやろう!」です。

トロなどは、子供が食べるものではない。あれは、社会に出て、自分の給料から、いろいろな期待をこめ、彼女を誘って食べる大人の食べものだ!

だからこそ、高価であっても、成功(性行)したときの高い期待値を得られるからこそ、食する価値があるのです。

ただ食べるだけならば、餌と同じ、思いを附加したものが、食事と考えている自分にとって、物価の高騰は、行動の原資が乏しくなった分だけ、考える時間が増え楽しいです。

江戸時代の日本人の先人の知恵など、これからの時代を生きるのには役立つとおもいます。

※過去蒔いた種は、自らが刈らなければなりません。どうせ刈るならば楽しんで作業に取りかかりましょう!!!

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